どうも、イスです。
朝から晩まで、四六時中一緒にいる仕事場のコイツ。付き合いたてのカップルだってこんなに密着していないのでは? というくらい、いつもピッタリくっついてます。
多くの人が職場で使っているであろう、この“キャスター付きのイス”。そして、みなさん一度はこんなことをやってみた、もしくはやってみたいと思ったことがあるのでは?
思いっきりイスをこいで進む!! シャー!!!
イスに方足をついて、地面をけって進む!! シャシャシャーツ!!!
オフィスでやろうとしたら、周りから生暖かい視線で見られて、もしくは上司に怒られて断念してしまった方も多いと思います(私です)。
そんなオフィスワーカーの隠れた願望を叶えてくれるイベントが開催されました。
いす-1GPとは、2時間の間に事務いすを使って、コースを何週走れるかを競う耐久レースです。
日本事務いすレース協会代表理事で、京田辺市のキララ商店街事業協同組合の田原代表理事にお話を聞きました。
田原さん
「日本各地で行われている『いす-1 GP(グランプリ)』ですが、東京では初めての開催です。
しかも、京橋という、東京のど真ん中での開催となります。この場所を使って開催できるのは最初で最後かもしれませんね。
また、通常は高校生以上が対象ですが、今回は『熱いヤツ集まれ』というコンセプトのもと、コクヨ、オカムラ、アスクル、イトーキなど、有名企業もエントリーしています。それぞれ会社の看板を背負っての参戦となるので、そこも見どころです」
イベント当日の会場。「日本橋・京橋まつり」も開催されており、中央通りは閉鎖されています。
道路には、たくさんのキャスター付きイスが並べられています。普段屋内でしか見かけないイスが、外にずらっと並んでいるのは不思議な光景。
道路の一部を封鎖して作られたコースは約170メートル。マシン(イス)の交換、修理を行うためのピットもあります。
スタッフの方に速く走るコツを聞いたところ「コツ、というより、2時間走りぬくことが大変です。大体総距離は20㎞くらいでしょうか。皆さんトレーニングしたり、試運転したりしているみたいですよ」と教えてくれました。
今回の東京大会には31チームが参加しました。京橋がある中央区はもちろん、埼玉、千葉、福岡から参加したチームもいました。業種もオフィス家具、事務用品、自動車、ゲーム、PR、デザイン、不動産などさまざまです。
いす-1への意気込み、いすのこだわり教えてください。参加チームにインタビュー
オフィス家具などのリサイクル業を行っている 「無限堂」の皆さん。
愛知、大阪、東京に支店があり、今回はそれぞれのエリアから1チームずつ、計3チームが参加しています。社長自ら手作りしたという、兜をモチーフにしたヘルメットをかぶっていました。それぞれ「無」、「限」、「堂」の文字が一つずつあしらわれていて、チーム3人がそろうと屋号が完成します。
中古オフィス家具を扱うということは、いろいろなメーカーのイスを見ているはず。イス選びには自信あり? 選んだポイントは、2時間走れるくらいの頑丈さ、滑りのよさだそう。
監督のコメント
「若手も連れてきましたし、上位入賞狙います! 目指すは1位から3位まで独占ですね。目立てるといいです」
会社のプライベートチームで参加した皆さん。
仮面ライダーがいます! もともとロードバイク好きの集まりで、仮面ライダー衣装もロードバイクのサイクリングウェアだそう。
いす-1 GP経験者のコメント
「経験者もいますが、上位を狙うより楽しみたいですね。このレースは普段使わない筋肉を使うため、足に来ます……。次の日はヨボヨボの歩き方になってしまいますよ。本当に過酷です」
イスは軽さを重視して選んだそう。2時間のレースでは、何十グラムという差が大きく影響するのだとか。
一方にはトラ、もう一方には龍がデザインされています。凝ったトラの装飾に比べて、正直龍は言われて初めて分かるレベル……。こちらは昨日大急ぎで仕上げたのだとか。でも、愛情と熱意が伝わってきます! ピットで交代するときに、自分たちのチームの椅子を分かりやすくする目的もあるとのこと。
こちらはASKULの皆さん。「明日くるからアスクル」
SNSなどを担当する大石さんにお話を聞きました。
大石さんのコメント
「参加のきっかけは『いす-1 GP』発祥の地である、京田辺のキララ商店街のキャラクター“キララちゃん”のTwitterでした。『アスクルさんが参加したら面白いのに』というようなツイートを見かけ、参加することになりました」
さすがに会社では練習できないものの、イメージレーニングはばっちりとのこと。ちなみに、大石さんはこのためにジムに通ったそう。
また、数々のイスを扱うアスクルだけあり、イス選びにもこだわっています。商品担当者に「2時間アスファルトを走り続けられるイスを!」という無茶ぶりをし、厳選された3台がこちら。
壱号機 オーソドックスかつ、シンプルな事務椅子。小回りの良さと頑丈さが決め手。
3号機 秘密兵器? 3台までエントリーできますが、これは「見せるため」だそう。監督席として使われていました。サイドテーブル付きで、パソコンを置いて実況も可能。背もたれには上着もかけられ、オットマン付きでリラックスできます。大石さん曰く、「ここで生活できます!」とのこと。
※後でASKULさんのサイトを見たら、かなり高級品でした!
おそろいの赤×黒のボーダーシャツで決めた岡村製作所「okamura 海老’S工房」チームの皆さん。
Tシャツにはエビが描かれ、ヘルメットにもそれぞれエビ天、エビのお寿司、エビフライが載っています(裏側にもエビのイラスト)。 なぜかというと、イスレースは後ろに進むことが多いため。レースの模様を見た結果、早い人たちは後ろ向きに進んでいたので「後ろに進む=エビ」ということで、エビをモチーフにしたとのこと。
イスも赤と黒、シャツと同じ配色のカッコいいデザイン。会社の誇りをかけ出場しているだけあって、イス選びにもこだわりが。他にはないスマートリラクゼーションシート構造は背中にフィットし、衝撃を緩和・吸収します。
リーダーのコメント
「参加のきっかけは、昨年10月にこの場所に会社が引っ越してきたので、地元の人たちとの関りを深め、地域振興になれば、と考えたことです。また、テレビで見かけて面白そうだな、と思っていたので参加しました。
勝ちに行くのは当たり前ですが、目標はケガをしないことですね。イスを作っているメーカーとしては、危ないですし あまりおススメできない使い方なんですよ……。ただ、だからこそ安全に気を付けて楽しくレースに臨みたいです」
パズドラのモンスターがデザインされたおそろいのTシャツを着た、ガンホーの皆さん。イスにもたまドラTシャツが着せてあります。
リーダーのコメント
「会社がすぐそこなので参加しました。社内のバイク好きの有志で集まったチームです。動画で過去の大会はチェックしましたが、特に練習はしていないですね(笑) 体力にも自信はないですが、無事故無ケガで頑張ります!」
レーススタート! 熱き戦いの火ぶたが切って落とされる。
開会式には京都府京田辺市「キララ商店街」のきららちゃんも登場。6年前に誕生したキャラクターだが「永遠の4歳」とのこと。
優勝するとお米90キロ相当が贈られます。 そして、開会のあいさつ。東京のど真ん中でレースができるのは、この人たちのおかげです。
京橋三丁目町会・会長 木下さん
「このあたりは、日本で一番地価が高い土地。そこでレースができるというのは貴重な機会です。いすに座り地に足をつけて、ケガに気をつけて、じっくり耐久レースに挑んでください」
日本事務いすレース協会代表理事 田原さん
「もともとは小さな商店街からのスタートでした。シャッターの閉まったお店が多く、なんとか活性化したいといす-1グランプリを始めました。いまでは様々な場所で行われ、台湾でも開催の予定があります。これからも街を盛り上げていければと思います。皆さん、今日は最後まであきらめずに頑張ってください」
スタート地点に選手が集合してきました。皆さん意気込みは十分です。
勢いよく飛び出していきますが、足をちょこちょこ動かして進む様子は意外と地味!! しかしカーブでは混戦もあり、キャスターのゴロゴロガラガラという音も迫力があります。
2時間にも及ぶレースだけあって、さまざまな見どころがあります。 緊張のスタート、そしてF1さながらに選手たちがコーナーに入ってくる様子にも注目です。
3人で交代しながら走ります。あらかじめ「○周ずつ」と決めて走るのか、走れるだけ走るのか、各チームによって作戦も異なるようです。2~3周もするとイスより先に身体が壊れてくるとのこと……。
コスチュームも様々です。
正統派サラリーマン風
仮面ライダー
イカ娘……? この足さばき、ただ者ではないんじゃなイカ。
初音ミク。身体はごついけど、顔はカワイイ。
ミクさんがんばれ、超がんばれ。
牛の頭付き
非常に少ないですが、女性参加者も。
持ってる男、本田圭佑選手!?
30分が経過した時点での途中結果
1位 チームコクヨ 30周
2位 Okamura Victorty 27周
3位 KOKUYO-MARKETIMG お祭り男 25周
レースを見ていると、とにかくコクヨが早いのです。走行スピードはもちろん、選手交代もスムーズ。コクヨ株式会社の方に秘訣を聞いたところ、これまでにも数多く参加しているようです。経験、ノウハウの積み重ねがあるだけではなく、新しい選手のリクルーティングにも力を入れているのだとか。
コースの周りには大勢の観客が。各企業の応援団に加え、たまたま通りかかった人、外国人観光客も興味深そうに一風変わったレースを観戦していました。
レースを支えるスタッフの方たち。何周したかを人力でカウントします。2時間もあるので、かなり大変な作業と思われます……。
コーナーではギリギリの接戦が繰り広げられます。ただでさえコントロールが効きづらいイスで、後ろ向きに走る人が多いので、イス同士がぶつかったり、時には転倒したりすることもあります。
転倒の瞬間! 危ない!!
また、一見平坦に見える道路でも、実はでこぼこや傾斜があるので気を付けなければいけません。ただし、地方大会参加者によると「東京は都会だから、まだ道が整っているほう。ちゃんと舗装されているので走りやすい」とのこと。
微妙な傾斜がある“魔のエリア”。標識にぶつかりそうになる選手が続出しました。
しっかりしたものを選べば、イスが壊れることはほぼないそうですが、 レースも中盤を過ぎると、あちこちにイスの部品が落ちています。
背もたれがぼきっと折れてしまったイスも
壊れそうになるのはイスだけではありません。疲労困憊でピットに入ってくる選手たち。見た目以上の過酷さもレースの特色です。心が折れてしまいそうになる人も少なくないとか……。想像していた「キャスター付きイスで滑る」というイメージとはかなり異なります。
そんなつらい状況ですが、周りを応援団に囲まれた選手はなかなかリタイアしづらいでしょうね。そうした葛藤も見どころかもしれません。
ただ、そんな選手たちを支えるのもチームの応援です。マッサージしたり、アイシングで体を冷やしたり、イスの滑りをよくするためスプレーをかけたり、周回数やタイムを計ったり、大きな声で声援を送ったり……。
日本事務いすレース協会代表理事・田原さんによると、1時間ほど過ぎると、今度は「ランナーズ・ハイ」のような「いす・ハイ」が訪れるそう。アドレナリンがでてくるのか『また頑張ろう』と思えるようになるとのこと。
残り30分を切ると、選手たちに勢いが戻ってきます。そしてラスト10分。選手はもちろん、観客、スタッフまで感動に包まれ、最後のカウントダウンは感無量、といった様子。2時間の間にドラマがいっぱい詰まったアツイレース、それがいす-1GPなのです。
来年にはまた東京大会も予定されているそう。次のレースではどのようなドラマが生まれるのでしょうか。
取材/篠崎夏美