■アニメと現実の企業によるイノベーション
近未来ポリスアクション『機動警察パトレイバー』は、1988年より作品化されたHEAD GEAR原作のOVA・漫画・アニメ・映画などのメディアミックス作品のこと。
作品内に登場する汎用人間型作業機械「レイバー」は、当時に想定された近未来(21世紀初頭)の東京を舞台に現実の建設機械と同様に普及している。そして主人公が所属する警視庁「特車二課」も警察レイバーを駆使して、レイバー犯罪に立ち向かっていくストーリーとなっている。
「パトレイバー塾」は、作品の中で描かれる都市・AI領域・ロボット工学・機械工学・警察機構などのあらゆる要素を、アカデミックに考察するセミナー。年四回を予定しており今回は第三回目となる。
WEBセミナー<アニメ × 都市論 【パトレイバー塾】 第3回「正しいレイバーの使い方」>は、パトレイバーに登場する作業用レイバー達やその世界感を絡めながら、日本の社会環境のあり方をアカデミックに考察していこうという面白い試みだ。
<出演者>
廣瀬通孝さん(東京大学名誉教授)
小俣貴之さん(日立建機株式会社 ブランド・コミュニケーション本部 広報・IR部担当部長)
小林あずささん(女優、アナウンサー)
矢部俊男さん(森ビル 都市開発本部 計画企画部 メディア企画部)
小俣さんと小林さんは『機動警察パトレイバー』の主人公たちが所属する “特車二課“のコスプレで登場した。
第3回のゲストには、現実でも建設機械を製造している日立建機株式会社の小俣さんが登壇。高校時代に『機動警察パトレイバー』のリアルな世界観を知り、「特殊な建設機械を設計したい」と思ったそう。
作品世界のレイバーシーンを見ながらも、リアルな建設機械の世界を解説していく企画となった。
■冒頭から壮大!「レイバーの世界からの未来構想」
内閣府のHPでも公開している「デジタル田園都市構想」の資料を見ながらのおはなし。なかなかわかりにくいテーマであるそうで、「ついてこられなくても気にしないで下さい」とのことだったが、お話を聞くとなかなか興味深い内容。
現在は東京など、一部の都市一極集中化な日本だが、まさに今、地方のデジタル都市化を目指して、きわめてリアルな国家構想が推進中だという。
かつてはビルの上から下までを「電線」で通すことがデジタル都市化の原点だったそうだが、スマートフォンの普及にみられるように、通信性がどんどん向上していく昨今、デジタル環境による地方都市とバーチャルな世界の時代はまさにこれから「くる!」話なのである。
第2回の時にはパトレイバーの部隊を多摩エリアに想定した世界感が語られていたが、こうしたリアル×デジタルの未来都市の世界はすぐ先まで近づいているのかもしれない。新未来都市でレイバーのような存在が活躍する世界は果たしてあるのだろうか?
■レイバーと重機登場!
トークはいよいよ日立建機の小俣さんを巻き込み、現実の建設機械の世界に足を踏み入れていく。
パトレイバーで解体作業をしているレイバーを紹介。作中ではかなり乱暴な壊し方をしているそうだが、これは時代背景もあるという。
80年代は“ものを分別”という観点は薄かったが、現代ではきちんと分類して廃棄する必要がある。そのためさまざまな重機が役割分担して丁寧に壊しているのだ。
ここで語られるのは建設機械のパワー。小さなパワーショベルでも強力な力を持っており、普通の自動車程度なら屋根をさっくり取り除くこともカンタンとのこと。作業していると「“強い身体”を手に入れた!」という感覚が得られてしまうのだとか。
コメントでも「作中で一般人がレイバーを使って事件を起こしちゃう心理がわかる」という意見が寄せられていた。
ここで登場したのは「極地用」レイバーの面々。ダムやトンネルを掘る、寒冷地、海など特殊な環境で活躍するレイバー達である。日立建機でも自社製品は南極での使用例があるそうだ。都市土木の建設機械とは異なり、巨大化し特殊装備を持つようになるのが「極地用」の特徴。
実はヨーロッパでは実用化されている機械があるという。特殊建機の世界はとても奥が深く、日立建機の小俣さんは「他社の製品を見るのも好きですね。どうしてこんな姿をしているんだろう、どんな設計思想なのだろう?みたいな……」とおっしゃっていた。
ほかのロボット作品やリアル建設機械も交えての大きさ比較も。最も大きいのはロボットアニメ「ガンダム」のガンダムだ。
日立建機さんといえば、横浜に「動くガンダム」を建設したのが、元日立建機の石井啓範氏。小俣さんも「現実的な大きさとして慣性の法則がある以上、ガンダムはアニメのように動かすのは難しい」という話を聞いているとか。
こうしてみると、パトレイバー「イングラム」の大きさは非常にリアル感があるのだという。現実的には道路交通法というものがあるが、もしかしたらそのまま現場まで運んでいけるかも、という大きさなのである。
例えばガンダムであれば、バラバラにして現場で組み立てなおさないといけない。先導車などで運ぶ形なら(新幹線が夜中に輸送されているように)運ぶことができるのでは、という話も出てきた。
ジオラマに配置されたイングラムとグリフォン。電車や車と比較すると、これでもかなり大きいのがわかる。
■いよいよ登場!リアルな重機の世界
日立建機・小俣さんより、まず熱く語られたのが「油圧」が持つパワー。
日立建機は、1965年に日本初の国産油圧ショベル「UH03」を製造し、現在の世界トップレベルの油圧システムへ進化を遂げてきた。
「油圧」は、密閉した流体を使うことで、小さな力を入れるだけで、より大きな力へと変換することができる仕組みだが、その力は数倍の力にもなる。
油圧の力を組み合わせ、より大きな力へと変換することもでき、技術力の進歩によって精密なコントロールが可能になることで、巨大な力をより繊細に扱うことができるようになったのだ。
ちなみに建設機械が水圧でなく、油圧を採用するのは、作業する現場が過酷な温度下であるからだという(水は0℃では凝固、100℃で蒸発してしまう)。
そして、そんな日立建機さんによって、生み出された建設機械の中には、非常にユニークなコンセプトのものがある。
例として挙げられたのが双腕仕様機「アスタコ(ASTACO)」だ。人型ロボットのように、2本の腕を駆使して作業をすることができる。名前はスペイン語でザリガニ(=ASTACO「Advanced System with Twin Arm for Complex Operation」)を意味する。
油圧の力が示すように、2本の腕は(アタッチメントで変わるが)軽く20トン程度の握力を持つこともできる。
3本の腕だと、人間が頭で考えて操作するには難易度が高すぎる。そのために2本の腕という形に落ち着いた。
操作はレバーを前に出したり後ろにしたりするだけの、シンプルな形にしているという。操作に慣れていることもあるが、小俣さんは2時間程度で使いこなせるようになったとか。
アスタコは東日本大震災の現場においても、使用されている。こうした新技術を用いた建設機械は、すでにリアルの世界で活躍中であるといってよい。
近未来の建設機械を考えるとき、その「小型化」は視点としてはずせない。例えばパトレイバーには警備用ロボットが登場する。
長期間のプロジェクトになることが多い建設の世界。人為的な犯罪や妨害などから現場を守ることはかなり現実的な課題なのだという。
また工事現場が汚れていると事故の発生率が高くなることから、清掃用ロボットなども多いに活躍するだろうとのこと。
都市土木は大きな建物がすでに建てられている先進国で発展するという。新興国などでは大きな建物を巨大な機械を使って築くことが主眼となるが、例えば東京などの都市ではそうした機械よりも小型の機械を使って建物の保全を行うことになる。
■今後は「着る重機」に着目?
現在は、人体に装着するパワードスーツも開発されているが、ああした機械もいずれ一般的になる可能性もあるとか。工事現場はかがむ作業も多く、高齢化も進んでいることから、作業員の身体を守る意味でも、開発ニーズは高い。
パワードスーツにおいても油圧技術を用いれば、通常の数倍の力を少ない力で出すこともできる。
矢部さんからは「パワーショベルが中古市場に出回っているのもあってか、比較的郊外では一般の人たちも使っているように思える」という意見が。
今は、建設機械として特別な世界で活躍している機械や技術も、いずれ一般の家庭で当然のように使われる時代が来るかもしれない。しかも、それはハードだけでなく、ソフトの世界も同時に活用される可能性が高いのだ。
図は、日立建機HPにもある、自律型建設機械向けのシステムプラットフォームだ。小俣さんからは、こうした機械を「自動化」にもっていくことが目下の注力ポイントだという。
例えば、機械を扱う人間が経験則で判断をするより、認知判断をコンピューターにやらせる、といった構想だ。そのための知見はシステムプラットフォームにより集約され、活用される。
デジタル田園都市構想のように、東京だけでなく、地方においても今後新しい形での都市化が進む。
そこに登場するのは、今までよりもさらに形をかえた建設機械たちである可能性が高いだろう。パトレイバーで描かれたレイバーや新未来の姿は、現実ではもっと驚くべき進化を遂げて我々の目の前に姿を現すかもしれない。
パトレイバーから広がるニッチな世界の発見と、自分たちの生活への隠れた影響・未来構想までつなげることで、「新しい知識」と「新しい生活への高揚感」が得られた。
ライター名 Ryoz
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ここからは編集部による追加取材。「パトレイバー塾」というユニークな試みはどのように生まれたのだろうか? 株式会社ジェンコの担当者に話を聞いた。
―― 「パトレイバー塾」開催の経緯を教えてください。
「アニメーションが現実社会の企業とイノベーションをおこせないか?」と考えたことが本企画の発端です。
本来BtoCであるアニメーションがBtoBの境地を切り開く観点に強く惹かれます。作中で描かれるあらゆる要素(都市・AI領域・ロボット工学・機械工学警察機構etc.)に明るい各分野の専門家である企業の開発者や知識人と構想を広げ、その様子を学生や専門分野を学ぶ方にも観てもらうことで次世代のイノベーションにつなげていければと考えています。
―― 登壇する専門家の方々はどのように選んだのでしょうか?
まずは都市論の観点で第1回目から参加いただいている矢部俊男さんを軸に、東京大学の廣瀬先生をお招きしました。
第2回目は矢部さんの繋がりで株式会社デンソーの光行恵司さん。そして第3回は当社開催の土浦展で繋がりのできた日立建機株式会社の小俣貴之さんという流れで、毎回企画に合わせた専門家の方々にお声がけしました。
―― ずばりパトレイバー塾の「イチオシポイント」とは?
アカデミックでマニアック! 聞いても分からない部分はあるけれどだからこそ食い入るように見たくなるところです。パトレイバーは10年先の世界を描いているので、実際の企業の方々が語る内容がよりリアルに響くところがポイントです。
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次回のパトレイバー塾は今年の夏ごろに開催予定とのこと。最終回となる第四回はどのようにパトレイバーと現代社会が語られるのか期待したい。