“クラブはフロアを沸かし、銭湯は風呂(フロ)を沸かす”
両者を融合させたイベント「ダンス風呂屋」が稲荷町の公衆浴場「日の出湯」(台東区)で開催されました。
ところで皆さん、「サイレントフェス(TM)」ってご存知ですか? これは、Ozone合同会社(Silent it)が主催する『世界一静かなフェス』のこと。
その楽しみ方は、まず専用のワイヤレスヘッドホンを参加者全員が着用し、ヘッドホン越しにDJやライブがオンタイムで共有されます。ヘッドホンを外せば無音の空間ですが、ヘッドホンを耳に当てさえすれば、そこから流れ出る音楽で全員つながり、そして盛り上がるという仕組みです。
さまざまなシチュエーションで今までに全国各所で100回以上開催されてきたサイレントフェスですが、今回は“ハコ”として「銭湯」を活用。この場合「ダンス風呂屋」というタイトルが掲げられ、今までに計3回開催されています。
「銭湯」と「サイレントフェス」の親和性について、Ozone合同会社・代表の雨宮優さんが解説してくれました。
雨宮さん
銭湯は風呂を沸かし、クラブはフロアを沸かすわけですが、どちらも場を温めることによって人が繋がりやすくなるという共通点があると気づきました。
都内を中心に次々に廃業に追い込まれてしまっている銭湯ですが、実は近しい楽しみ方をしているクラブカルチャーを合わせることで、これまで利用の少なかった若者層にも来てもらえるきっかけになるのではと思いました。
銭湯は特性上近隣の方々との関係性が特に重要で、音を鳴らす上でネックとなる騒音問題をサイレントフェスという方法で解決しています。
■銭湯が無音のダンスフロアへ様変わり!
そろそろ開演の時間。この日は男湯(2階)と女湯(1階)の2フロア制で、お客さんは思いのままにフロアを行き来することができます。
もちろん、それぞれのフロアではそれぞれのDJがプレイしているので、男湯と女湯では別々のヘッドホンが用意されています。
要するに、男湯から女湯へ移動したければ「ヘッドホンを返却する→男湯を出る→女湯へ行く→ヘッドホンを着ける」という手順を踏むわけです。このオリジナルシステムは「2風呂ア制」。素晴らしいネーミングですよね!
DJのプレイが始まるや、フロアは本当にクラブのような雰囲気に。小さなミラーボールなど、暗めの室内で控えめに光るピンポイントの照明は“大人の空間”を演出します。……が、よく見るとそこかしこに蛇口があったりして、銭湯らしさは決して失われていません。
ダンスミュージックに没入し、皆さん思い思いに楽しんでいる模様。自由に踊る人もいれば、小刻みに揺れながら静かにリズムを取っている人、フロアの光景を見ながらリアクションを取らず純粋に音楽を意識しているであろう人、中には浴槽に入って踊ったり、まったりしてる人もいました。
「『浴槽で踊ると足が疲れない』という感想を、参加者からいただいたことがあります。理由は不明なのですが、もしかしたらヒノキに立っているからかもしれません(笑)」(雨宮さん)
なるほど、そんなお得ポイントもあるのか……。ちなみに会場の「日の出湯」は創業明治初期の老舗銭湯で、浴槽には古代檜と呼ばれる神木とも言うべき貴重なヒノキが用いられているそうです。
そして、鮮やかに会場を照らすプロジェクションマッピングにも注目。「いい湯だな」の文字、いちいちシャレが効いてるじゃないですか!
ちなみに「ダンス風呂屋」ではこの演出のことを「プロジェクションマッピング」ではなく「風呂(フロ)ジェクションマッピング」と呼ぶそうです……。
そして、気になるダンスミュージックについて。イカした曲が我々を包み込みますが、単に音楽を流しているわけではありませんでした。
「選曲に関しては人によりますが、僕がDJをやる場合、エコーをかけて銭湯っぽい演出を施しています」(雨宮さん)
試しにヘッドホンを外してみると、空間にミュージックが轟いていないのが不思議。いや、当然と言えば当然なのですが。
みんなノリノリだけど、音楽を共有していないと何にノッているのか分からない。そのためちょっと妙な光景になっちゃいます。これが、サイレントフェスか!
また、今回は不意に女性ダンサーが出現し、銭湯の浴槽などを用いて独特のパフォーマンスを展開してくれました。
浴槽のへりの部分を背もたれにするなど、シチュエーションを存分に活用したダンス。このイベントでなければ見られないであろうダンスパフォーマンスが繰り広げられましたよ!
■踊った後は、純粋に銭湯のお湯を満喫する
そんなこんなで、2時間のDJタイムは終了。みんな踊ったから、汗をかいたでしょう? 安心してください。イベント内では、純粋にお風呂を楽しむ「お風呂タイム」が設けられているのです。
お湯入れが終了したならば、もう入るしかない。皆さん、ゆったりと銭湯のお湯を楽しんでくださいね!
ここで注意事項。先ほどまでは男湯と女湯を行き来できましたが、「お風呂タイム」ではダメです。男性が女湯には行っちゃいけないし、女性は男湯に行けません。当然ですね。そんなことしたら完全に犯罪なので……。
とにかく、音楽フェスだけで終わらないからこそ「銭湯」と「クラブ」による画期的なクロスオーバーの場になるわけです。この辺りについては、「日の出湯」のご主人・田村さんが説明してくれました。
田村さん
特に若い人たちが“銭湯離れ”をしている中、このようなイベントを通じてお風呂に入っていただく。そして『やっぱり銭湯って気持ちよかったね』と実感していただき、ご近所の銭湯へ行ってもらえるきっかけになれば……と考えております。
イベントの狙いは、見事に達成されている模様。
今回、初めて「ダンス風呂屋」に参加した“ダンス好き”の20代男性は「年配の方のイメージが強い銭湯と若者のイメージの強いフェス、お互いが歩み寄っている感じがすごく面白い」との感想を抱いたそうです。彼にとって今まで縁遠かった銭湯に触れるいい機会になったんですね。
最後に、主催者の雨宮さんと「日の出湯」の田村さんへ改めてお話を伺いましょうか。
――銭湯好きの方がクラブイベントを体験する。もしくは、クラブにはよく行くけど銭湯にあまり馴染みのない人が銭湯を体験できる。
「ダンス風呂屋」は、両ジャンルがクロスオーバーするいい機会になっている気がします。
雨宮
ダンスミュージックは好きだけどクラブは怖くて行きたくない」という層の方々っていらっしゃいますよね? でも、銭湯ならば日常の延長線上にある場所なので、フラッと行きやすい。明るいし、いかつい人もいないので、フラッと来れる。そういう意味で、敷居を下げてる側面はあると思います。
――昨今、銭湯の経営は軒並み苦しくなってきているという話もありますが、このようなイベントを開催することによりお客さんが増える現象は起こっていますか?
田村
お客様の数が増えているとは言い切れないのですが、「この銭湯でダンスやってるんだって?」と言いながら来店する方は確実に増えました。銭湯が皆様の話題になり、訪れるきっかけになったのではないかと思います。
それにしても普段は牧歌的な雰囲気の浴室が、演出次第であんなにもアバンギャルドな空間になるだなんてちょっと驚きでした。こんな経験ができるのは「ダンス風呂屋」だけです。結論としては、音楽は最高だし銭湯も最高! といったところでしょうか。
Ozone合同会社
URL : http://social-fes.com/
取材/寺西ジャジューカ(イベニア)