デザインフェスタギャラリー原宿にて、日本やアジアの一風……いや、かなり変わったお寺ばかり紹介しているサイト「珍寺大道場」を運営する小嶋独観さんの写真展『奉納百景』が行われた。
独観さんが今回注目したのは「奉納」されたもの。檀家さんや信者さんといった参拝客からの、溢れんばかりの熱すぎる想いの詰まった『奉納物』にスポットを当てた、新しい試みの企画だ。
■人の気持ちが込められた『奉納』
……なぜ、奉納に注目したのか? これまで撮りためた奉納物は200を超えるという。今回はその中から厳選されたおよそ60点が展示されていた。
独観さんが『奉納』に惹かれ始めるきっかけとなったのが、山形県の小松沢観音。最上三十三観音霊場20番札所であるこの霊場のお堂は、札で埋め尽くされていたという。
壁が見えなくなるほどのおびただしい数のお札に巡礼者の熱気を感じた。さらに、その札の上に多数掲げられるムカサリ絵馬(独身で亡くなった方の架空の婚儀の様子を描き供養するもの)で、死者への深い思いとそれを許すお寺の寛容さにも関心を持ったそうだ。
お寺がこの壁にお札を貼ってくれと呼びかけたわけではない。にもかかわらず勝手に貼り続けてしまうほどの強すぎる思いが交錯するその堂内は、信心や家族愛を通り越してもはやカオスでしかなかったのだろう。それらは独観さんが撮影した一枚の写真から十分すぎるほど伝わってくる。
一見すると、古いお寺の中に婚儀の絵が無数に掛けられているそれは怪談を思い起こさせるが、話を聞くと子どもを思う親や親族の粋な計らいであり、思いやりであり、ポジティブな奉納物とも受け取れる。
この他にも、例えば子宝祈願に赤ちゃんのお人形を奉納したり、お乳の出が良くなるようにとおっぱいをかたどった絵馬を奉納したりする風習があるお寺もある。(ちなみにおっぱいオブジェは、最新のものほどクオリティが上がっていっている気がする……)
これらも同じことだろう。見た目はかなりぎょっとするが、その裏側にある奉納者の思いを知るとキュートに見えてくるから不思議だ。
■背筋が凍るような奉納物も…
架空の嫁と結婚させるというユニークな供養もあれば、強すぎる奉納者の思いをビンビンに感じて恐ろしい気持ちになるものも。
大分県の椿大堂の軒下には、女性の長い髪の毛がおよそ3000人分垂れ下がっている。軒下で長い間ここに吊り下げられた髪の毛の質感はパサパサで、経年を感じることができる。また、黒く長い髪ばかりなのも奉納の歴史が長いことの現れだろう。
女の命とも言われる髪の毛をばっさりと切るほどの強い願いというのは、一体どんなものだったのか。時間の経過を感じさせる長い髪の毛。迫力がありすぎる。
そして、そのすぐ下に無造作に奉納されるギブスやコルセット、杖や松葉杖の数々……。こういったものの奉納は比較的見られるものだが、髪の毛とのミスマッチさが非日常感を倍増させ、ちょっとしたホラー空間となってしまっている。
大分県の高塚地蔵尊で見かけた「早く犯人が見つかりますように」と、何枚何枚も書かれた祈願文。自分の年齢の数だけ手書きで書かねばならないそうだが、連なった文字には鬼気迫るものがある。
■亡くなった人の供養に愛用品を奉納
三重県の朝田寺には、昔から古人の着物を奉納する道明供養という俗習がある。天井から下がる無数の着物は、かなりの迫力を感じさせる。きらびやかな本尊の前に垂れ下がる故人の着物…生々しい供養だ。
「故人の思い入れがある現品」を奉納するというのは全国津々浦々でみられる奉納のスタイルだそうだが、故人のさまざまな想いが渦巻いているように感じるのは私だけではないはずだ。
■ハサミ、はしご、セミの抜け殻、変わった奉納物
福島県の橋場のばんばに山のように奉納されているのは、ハサミ。ここには縁切りや縁結びを願う人がハサミをおさめる。縁結びを願っている人は、錆びたハサミや刃を針金でぐるぐるに縛った「切れないハサミ」を、縁切りを願っている人は新しい「切れるハサミ」を。
ハサミのぐるぐる具合を見るとその祈りの深さが伝わってくるようである。とにかく縁を結びたいという心意気が伝わってくる針金の巻き方だ。
供養とはまた異なる、奉納者が生きている「今、この時」への強い想いを感じることのできる奉納物というのも興味深い。
福岡県の縁切りで有名な野介縁切り地蔵は、男女が背中合わせになった絵柄の絵馬が奉納されている。男女の縁だけでなく、嫁姑、ストーカーなどの人間関係、酒やギャンブルといった悩み事、さらには背後霊との縁切りというオカルトなものまでさまざま。絵馬とともに貼ってある封筒には縁切りの願いが書かれているのだが、同じ筆跡で何通もの封筒を納めている方もいるという……。
そのほか、おねしょ封じ祈願にはしごを納めたり、自分の年齢の数だけ願い事を書く祈願分を納めたり、たくさんの千羽鶴に紛れてセミの抜け殻が連なったものを納めたり……。「なぜこれを?」というような好奇心をくすぐられる奉納物が、この世の中にはあふれている。
■日本は特に「奉納」がエモーショナル!
海外のお寺も数多く訪れている独観さんによると、日本は海外と比較しても奉納物に関して特にエモーショナルだという。
海外では、故人の等身大人形を納めたり(インドネシア)、紙で作ったブランド品や家電を故人へのお土産に納めたり(マレーシア)という一風変わった習慣はあるが、やはり日本の感情の爆発っぷりとは種類が異なるようだ。
「なぜこれを?」「なぜこんな願いを?」
そんな好奇心で奉納物を眺めていると、次々と想像が膨らんでしまう。きっと納めた人はこんな人で、こんな理由で……と、決して知ることはできないその真実を、勝手に思い描いてしまう。人々の欲や悩みが凝縮された奉納物。神社仏閣を訪れる際の楽しみがまたひとつ増えそうだ。
取材/森嶋千春