2012年のとある日。神田の某大型書店・同人誌コーナーにて、奇妙な本を発見した。表紙に大きく「π」の文字、そして「円周率1,000,000桁表」と書いてある。
中身はタイトルどおり、円周率がただひたすら並んでいるだけの本であった。
なんじゃこりゃ!? 奥付には「発行所:同人集合 暗黒通信団」と、あからさまに怪しい名前が書いてある。定価は314円、刷数を見ると第3.14159刷であった。この奥付を見た瞬間、なぜか「これは買わねばなるまい」という思いにかられ、レジへと向かったのだった。それが暗黒通信団との初めての出会い、ファーストコンタクトであった。
家に帰り、早速ネットで「暗黒通信団」を検索してみたのだが、調べれば調べるほど謎は深まるばかりであった。「これ以上、深入りするとヤバいことになるな」 そう感じた私は、ブラウザをそっと閉じた。
それから4年の月日がたち、購入したこともすっかり忘れていたある日。3月14日、円周率の日に暗黒通信団のイベントが行われるという情報を得た。まさか、あの団体の謎が解き明かされるのか?
若干ホコリを被った「円周率1,000,000桁表」をかばんに入れ、現場であるカルチャーカルチャーへと向かった。
◇円周率を暗唱すれば割引に
入場料は2083円という謎の数字。この値段の理由は最後に明かされる。
現地へ着くと、すでに「前座」が行われていた。どうやら相対性理論、特異点論の講義のようだが、内容はさっぱり分からない。
入り口では円周率を暗唱し、その桁数によってキャッシュバックされる「円周率割引」が実施されていた。例えば、3.14159まで言えれば5円がもらえる。平均は10桁程度らしいが、この日は381桁を暗唱する猛者もいた。
暗黒通信団が発行した本の即売会も行われていた。理数系の内容が多いが、中には旅行関係の本もあった。この日の価格は1冊いくらという形ではなく、重さによる量り売りで。1グラム3.14円であった。
細長く「切られた本」が1グラム1円で販売されていた。
極めつけは「 eiπ(eのiπ乗) 1,000,000桁表」。
理数系の方ならピンと来たかもしれないが、eの iπ乗=-1である。価格は-1円。1冊買えば1円もらえる仕組みだ。僕は迷わず「これください」と申し出た。本1冊と1円をもらう。中身は-1.0000000……と、ひたすら0が並んでいるだけであった。
◇過去に制作したイヤガラセの数々。
本日の登壇者は、司会・破壊王さん(団員)、カルチャーカルチャー馬原さん、社会評論社・ハマザキカクさん、印刷会社ねこのしっぽ・専務、よく喋る黒子さん(団員)。ハマザキカクさんは、著書「ベスト珍書」(中公新書ラクレ)にて、暗黒通信団を高く評価している人物の一人である。
そもそもなぜこのようなイベントをやることになったのか?
黒子さん曰く、「取材のたびに適当なことを答えていたら何が本当か分からなくなってきた。だから今日ここで歴史を創る」
ここで団員(戦闘員)の紹介。残念ながら団長・星野香奈氏は現れなかった。
過去に制作された本や制作物の紹介。中には「魚臭い本」などという珍書まで。本物はほんとうに魚くさいにおいがするらしい。
国会図書館に入っているものは現在210冊。初期はA4サイズのコピー紙であった。その頃の国会図書館はゆるく、コピー紙でも受け取ってくれたらしい。(現在はコピー紙不可)
過去に制作されたグッズには、サハラの砂や円周率詠唱CDなどもある。
Wikipedia作成保護の歴史(黒歴史)。 2016年3月16日現在、Wikipediaで検索しても見ることはできない。(ただしノートは閲覧可能)
ここでハマザキカクさんから『亞書』の話が出た。黒子さん曰く 「あんなもんはウチら10年前からやってましたよ。でもむちゃくちゃな請求はしない。国会図書館に所蔵させることが目的で、金儲けでやっちゃうのは違うんですよね」
※『亞書』とは、無作為に文字を打ち込んだ本。1冊税込み6 万4800 円。国会図書館にシリーズ42冊分が持ち込まれ、定価の一部である136万円あまりが支払われた。意味をなさないと思われる内容に、高額な支払いがあったため、一部から批判が起こった。
会場には、廃刊となった過去の出版物の見本誌がところ狭しと置かれていた。いかにも同人誌っぽいモノクロ本が多いが、中にはカラーの参考書風な本もあった。
◇円周率本の感想文とは?
続いて「第2回 円周率1,000,000桁表 読書感想文コンクール」受賞式が行われた。
ちなみに第1回は応募条件が10000文字以上で、ほとんど応募がなかったらしい。今回は2000文字以下ということで、2桁の応募があった。記念品は、円周率が印字されたクリスタルのレリーフ。マジで欲しいクオリティーである。
受賞者は3名。 超越数賞は@quadra700_0さん、無理数賞はshanagiさん、非正規連分数賞は秋桜空さんに贈られた。(顔出しNGの方は黒マスク着用)
審査員を務めた著者の牧野貴樹さんコメント
「今回、円周率自体に対する感想が多かったのですが、そうではなく『円周率1,000,000桁表』の本自体の感想を書いてくれたものを評価しました」
当日、受賞された作品集が配布された。読んでみると確かに、ここで紹介できないのが悔しいくらいクオリティーの高い感想文であった。
◇この場で暗黒通信団の歴史が創られる
後半は「トリビア(闇歴史)を創る100π/2問」。全157問にお客さんがYES or NOで挙手。この結果によって、文字通り暗黒通信団の「歴史が創られる」こととなる。一部抜粋して紹介しよう。ちなみに決してクイズではない。
第1問
暗黒通信団は1980年代には別の名前の集団であった
第27問
暗黒通信団webページはMLより前にMITからtelnetでつなげて作られた
第65問
メンバーにはジュンク堂書店の店員がいた/いる
第80問
今まで最も大きな赤字を出した団員は退団して静岡県清水市に住んでいる
第115問
暗黒通信団ではかつて「定義」の意味を巡って理系と非理系が戦い、1000通近いメールが流れた
第132問
かつて暗黒通信団の私書箱には、雑音だけが入ったCDが送られてきた
◇果たして、謎の集団への入団希望者はいるのか?
続いて、暗黒通信団への入団希望者を募り、何がしたいのか? その理由などを聞くコーナー。6名が壇上へ上がった。
やってみたいテーマとして、文字化けの鑑賞、分子生物学と麻雀、ナノマテリアル、ファインマン・ダイアグラム、トンデモ物理系、ランダムウォークなどが挙げられた。
そして最後のメインイベント。円周率の詠唱(314桁分)が行われた。メロディーは蛍の光。全員起立して、テロップに沿って円周率を歌う。
最後に、「この日の入場料がなぜ2083円という中途半端な金額だったのか?」 謎が明かされた。団員が「分かる方いますか?」と問いかけると、なんと会場から正解者が。「314番目の素数=2083」ということで2,083円にした、とのこと。どこまでも円周率なのであった。
イベント終了後、「円周率本」の著者、牧野さんにサインをいただいた。(もちろん、4年前に個人で購入した第3.14159刷に書いてもらった) 実際、サインを頼まれることも多々あるらしい。
よく喋る黒子さんにイベントの感想などをお伺いした。
「多くのお客様に来ていただいたので良かったです。こういうイベントは初めてで、そもそもあんまり露出しないのですが、せっかくお話をいただいたのでやってみようか、と。
『どうやったら団員になれるのか?』という声もあったので、プログラムの中で募集を行いました。ただ、人数を増やすことが目的ではなくて、創作集団としてどういうものを作っていくかが重要だと考えています。次回イベントについては、またお話しがあれば検討します。」
結局、暗黒通信団の実態がつかめたような、逆にますます謎が深まったような、そんなイベントであった。最後に、私個人の感想に代えて、この言葉を彼らに贈りたいと思う。
「オリジネイターは、無条件で称賛されるべきである」
暗黒通信団は、間違いなく、真のオリジネイター集団である。
取材/村中貴士