東京のど真ん中、日本のど真ん中。
でも、私の眼下には森が広がっている。
05.30[金]~06.22[日] / 東京都 / ポーラ ミュージアム アネックス
銀座・ポーラ ミュージアム アネックス 。エレベーターを降て自動ドアをあけると、ほのかな木の香りが迎えてくれる。クスノキを素材とした作品が放つ香りは、作り物ではない『本当の』木の香りだ。「森で癒される」、「マイナスイオンでリラックス」、これまでさんざん謳われてきた効能で、少しうんざりしていたが、実際に嗅いでみると、 木の香りは確かに心を安らかにしてくれる。
一木にミニチュア的風景を彫り込み、アクリル絵の具で彩色した作品を制作する田中圭介氏の個展イベント。 角材として切り出された‘材料’の中に‘風景’がある。一本の木の大きさは2cm程度。びっしりと集まり、森を形成している。
細かい造形に見入ってしまうが、これらのは全て1つの木から彫り出されていると知り、思わずもう一度目を凝らす。
木の中の森
材木が割れて、森がこぼれ出てくる。木の中にまた小さな森があって、加工の工程で出てきたようだ。まるで入れ子細工のように、木の中に森があり、その森の木の中にも森があって・・・と考えていくと、宇宙のように森が広がっていく。
組み上げてある材木、恐らく私の家にも使われているだろう。そんな材木の一本一本の中にも森があるのではないか?と思わせられる。普段意識しないが、身の回りの材木も元は木、そして木は森だった。
木は伐られて‘死ぬ’のではない。材木になってからも、自分の中に森を抱いて、呼吸し、生き続けていく。
かすみか雲か・・・。 仙人や神様になった気分で下界を見下ろす。
もくもくと湧き上がる雲、山を包み込む霧。日本独特の、しっとりとした湿度を感じる。木々が吐いた息が雲になって空に伸びていく。白く塗られているが、木目が絵の具の下に透けて覗いていて、温かみのある色合いになっている。また、うねり、渦を巻く雲の表現は非常に日本的だ。
山や雲を見下ろす視点は、なかなか味わえるものではない。自分が雲と一緒に軽やかに空に舞い上がって、地上を見下ろしている気分になれる。普段は下から見上げている木々を上から‘見晴らす’。なんだかとても清々しい。
『誰か』の気配
大自然の風景のように見えるが、良く見るとそこには人工的なものがちらほらと点在している。祠、椅子、布団に、墓石まで・・・。森の中に人の気配を感じさせる物が置かれている。いや、もしかすると妖精、妖怪の類かもしれない・・・。
なぜか着ぐるみが脱ぎ捨ててあったり、どこかにつながるドアがあったり、ファンタジックでミステリアスな雰囲気も感じる。自然の風景の中に人工的なものがあることで、一気に風景の中に物語が生まれる。
日本の風景
作品が切り取っているのは日本の風景。昔はいたるところにあったけれど、今はほとんど見られなくなってしまった風景だ。不思議なのはこうした風景を見て懐かしい、と感じること。山で育ったわけでもないし、周りに森もないところに住んでいた。だが、なぜか心が落ち着くような、それでいてきゅっと締め付けられるような感覚に陥る。
これが『日本の原風景』というやつなのだろうか?日本の植樹は遥か神話の時代にまで遡ると言う。道具、住居として、私たちは常に木を使い、森の恵みを受けて生きていた。海外にも森林浴の習慣はあるが、ヒノキやクスノキなど、‘木そのものの香り’で落ち着くのは日本人くらいではないだろうか?
「銀座に出現した森」を見晴らせば、木の国・日本を視覚的・嗅覚的に感じられる。
2014.05.31 文・写真 篠崎夏美