「智子! 出会えてよかった。ありがとう」
「孝子さん、愛してます!」
「園子ちゃん、愛してるよー!」
普段、なかなか言わないような奥さんへの愛の言葉を、一般客や取材陣が囲む客船の甲板で叫ぶ。こっ恥ずかしくもあり、微笑ましくもあり、そしてたくさんの勇気をもらえるイベント「東京湾の中心で愛を叫ぶ(通称:愛湾チュー I want you)」(企画・主催:株式会社シーライン東京)が開催された。
東京湾を進む「シンフォニーモデルナ」に乗り込んだのは、8組のカップルである。凍える寒空の下でも、心は温まるイベントを取材した。
■まるでアスリート? 若年カップルや年の差夫婦も「サケビスト」に
最初に紹介するのは、当日にちょうど交際開始から2年目を迎えた最年少22歳のカップル。大村美翔さんと金田郁也さんだ。
「ご結婚されている方が参加するイベントなので、抽選から外れちゃうだろうなと思いながらも応募しました」
パートナーに内緒で申し込んだのは、彼女の大村さん。まさかの当選の知らせを受け、彼氏の金田さんは、「びっくりです。けれど面白そうだなと思って、ノリで参加することにしました」と、若者らしいフットワークの軽さで彼女からのサプライズを受け入れたそう。
みなとみらいやディズニーリゾート、東京湾花火大会。二人の嬉しいデートの思い出や、ケンカなど悲しい思い出も、多くは東京湾で作られたという。金田さんは語る。
「カップル同士、良くも悪くもすごくマイペースで、気まずくなることもしょっちゅうです。ただ、仲がいいからこういうところにも来られたし、他の参加者のみなさんも、きっと同じですね」
一方、「叫ばれるなんて、聞いていません。困ります(笑)」と語る女性も。結婚して3年半を迎える磯崎裕里さんである。
奥さんの方が年上で、11歳も離れた旦那さん・弘高さんとは歳の差夫婦。弘高さんの方から「お互い『なあなあ』になっているところもあったので、これを機に」と、参加を決めたそう。
夫として不甲斐ない一面を見せてしまうことも多く、たびたび奥さんの方から「出ていく!」などと怖い言葉が飛び出ることも増えていたとのこと。クルージングで食事をするだけだと思っていた妻・裕里さんはこう話す。
「共働きのため、よくすれ違ってしまって。『出ていく』と言ったのも、冗談ではなく本気だったのかなというのも無きにしもあらず……。付き合い始めから数えると5年目で、お互いに歩み寄りができているところが、まだ良い方なのかなとは思います。こういうサプライズも久々でした」
旦那さんから何を言われるのか、楽しみ半分、不安も半分といった様子である。
イベント内では、愛を叫ぶ人を「サケビスト」と呼び、まるでアスリートのような扱い。一人一人が胸に熱い想いを抱いて参加している点は、一種の競技と呼んで差し支えない。
参加するにも高いハードルながら、イベント開始前に参加者に振る舞われた料理は豪華。夫婦合わせて乗船費込みのたった2,200円で、こんなに食べられるとは! しばし夫婦や家族での会話や、参加者同士の交友を深める時間。その後は、いよいよ「愛を叫ぶ会」の開会となる。
■プロポーズもあり!? 緊張の「愛を叫ぶ会」、開会
航海の折り返し地点にさしかかる「シンフォニーモデルナ」は、イベントタイトルの通り「東京湾の中心」へとたどり着いた。最初の2組の熟年夫婦が叫びを終えた後、まだ結婚もしていない金田さんが、恋人・大村さんへ叫ぶ。
階段を登り、サケビストが叫ぶ位置へと向かう金田さん。「さすが若者、足取りが軽いです」と司会者から讃えられながらも、やはり緊張していた様子の金田さん。「ミカー! まずはいつもありがとう!」そう叫んだ声は、すでに裏返ってしまった。
「今まで楽しいことがたくさんありました。それと同じだけケンカもしました。今年も大げんかして、『別れよう』とか言ったこと、すごく後悔しています。まだまだずっと長く、一緒にいたいです」
そして、金田さんの口から出てくる二文字。
「結婚は――」
式場が「おおっ」と、どよめく。
「――まだ先だけど」
どっ、と笑いが溢れた。
だが、最後まで続ける金田さん。
「しっかりお義父さんを説得して、いつか結婚したいです!」
その瞬間、大村さんの目から、はらりとしずくがこぼれた。
「最後に気持ちを込めて言います! 愛してるよぉおおおお!」
最後の最後まで、声が裏返り続けた金田さん。その分、本気の気持ちが皆の心にも届いたのだろう。会場で大きな拍手が起こった。
階段から降り、抱きしめ合う若者二人。その場の既婚者たちも、誰もが思ったハズである。うらやましい……。少なくとも、筆者はそう感じた。司会者の一人が、「来年以降、二人が別れているか別れていないかは神のみぞ知るということで」と少し意地悪なこと言う。それもまた、うらやましさの裏返しに違いない。
そして年上の妻からたびたび「出ていく!」と言われていた、結婚3年半の磯崎弘高さん。会も後半、さまざまな名シーンが生まれた後で、飾り気のないストレートな想いを叫んでくれた。
「裕里ちゃん! いつも仕事で遅くなった時も待っていてくれて、体のことも心配してくれてありがとう。迷惑をかけることもあるし、不甲斐ないところもありますが、これからもずっと一緒にいてください。裕里、愛してるよ!」
おっとりした見た目ながらに、しっかり叫び終えた弘高さん。司会者の一人も、「シンプルな言葉の中に全部入っていましたね」と称賛した。
「共働きになるとなかなか伝えられないし、すぐケンカになると思うんです。でも、どうか奥さんも『出ていく』という冗談は減らして、本気で言うのはナシにしていただきたいですね!」と、もう一人の司会者。筆者も同じよう願うばかりである。末永くお幸せに!
■旦那さん不在でも参加した、勇気ある母子の姿も
最後に、旦那さんは欠席なのにも関わらず、母子だけで参加した方を紹介しよう。牧子郁子さんと、その長男・優鳳くんだ。
去年は夫・洋一さんのサプライズで参加した同イベント。2年連続での参加となる。
「夫は仕事で、写真のみでの参加です。スタッフの方からも『来年もまた来てね』と言っていただけたので、不参加という選択肢はありませんでした。前回は夫がお腹の子に向かって叫んでくれましたが、今回は私から息子に向かって叫びます。『愛妻家』のテーマからはズレますが、『大きな愛』ということでみなさんにも受け止めていただければ」
実際に叫ぶ際には、優鳳くんはスタッフに抱きかかえられてデッキの定位置へ。まったく泣く様子もなく、じっと階段の上の郁子さんの姿を見ていた。
「優鳳、オトトとオカカのところへ来てくれて、ありがとう! 去年優鳳は、オカカのお腹の中にいたんだよ。今日は人生初航海だね。おめでとう! いつも優鳳には、いろんなことを教えてもらえます。オトトとオカカ、わからないことばかりだけど、これからもいろいろ教えてね!」
後半、感極まって涙ぐむ母の姿を見て、感動してしまったのだろうか。やがて「うわーん!」と声を上げて泣いてしまう優鳳くん。
叫びを終え、すぐに階段を降りてきて抱きしめ合う母子。確かに「愛妻家」のイベントの趣旨とはズレているかもしれない。しかしそんなことに異議をとなえる者はいない。感動的なシーンを見せてもらえて、母子だけでも参加を決めた牧子さん親子と、参加を認めた主催者へ、感謝せずにはいられない。
■終わりに
参加者全員の記念写真撮影の後は、会食場に戻り、甘いおやつと温かいドリンクの時間となった。
お互いの叫びを聞いて感動を分かち合った、夫婦・カップル同士の歓談も。またそれぞれの思い出を胸に刻み込み、それぞれの未来へ歩みを進めていくのだろう。
去年参加した方がいることからもわかるように、実は今年で3回目を迎えた「愛湾チュー I want you」。もちろん、また来年も開催を予定しているとのことである。
開催スタッフの中にも、「なぜ妻を連れてこなかったのかと後悔しています」と言う方が続々。筆者も同意だ。若いカップルからベテラン夫婦まで、ふたりの人間が共に歩むことは、決して楽しいことばかりではない。しかしつらいことも含め、ふたりが一緒にいられることは素晴らしい。
来年には、筆者自身も船のデッキで叫ぶことになるかもしれない。それまでに愛想つかされないよう、必死で仕事に精を出すばかりだ。
とりあえず、先に原稿の中で叫ばせてください。
たえみー! 愛してるよー!
取材/平原学
撮影協力/植木裕貴