暑い・・・。
日差しがないのがせめてもの救いだが、汗がじわり滲む。
足元のアスファルトからも熱気が立ち昇り、思わずくらり。
みなとみらいの観覧車や高層ビルが、熱と湿気で霞む。
彷徨う旅人のような気分で歩いていると、『万里の長城』が現れた。
蜃気楼だろうか・・・。オアシスまで見える。
07.19[土]~11.03[月] / 神奈川県 / 中区本町6丁目(横浜市 北仲通南地区)
あまりの暑さに朦朧としてしまったが、もちろん蜃気楼などではない。世界遺産や歴史的建造物を砂の彫刻で表現した作品が展示されている。
このイベントは横浜市の事業である「東アジア文化都市 2014 横浜」の一環で行われている。日本、中国、韓国をはじめとした、世界の砂像彫刻家達が砂の彫刻を制作した。最大で全長16m、高さ3mにも及ぶ砂の彫刻作品を見ることが出来る。
巨大な像、躍動感溢れる表現、細部の装飾、どれも素晴らしい作品だ。
しかし!!!
ただ見て『すごいねー!』で、終わってしまうには勿体なさ過ぎるのだ。
見た目だけでも確かにすごいのだが、‘どこがどうすごいのか?’、‘なぜすごいのか?’を知るとさらに鑑賞を楽しめる。主催者の方にお話を聞いてみた。
ここがすごい① 材料は砂と水だけ
あまりにも素晴らしい彫刻なのでうっかり忘れてしまうが、これらの作品は全て砂と水だけで出来ている。 今回の展示では、横浜市水道局と鳥取砂丘・砂の美術館協力のもと、横浜の水と鳥取砂丘の砂が使用されている。
使われている砂はなんと約1300トン! 鳥取砂丘の砂はきめが細かく、水分を含む量が多いため砂像づくりに適しているそうだ。
<砂の彫刻/砂像(さぞう)の作り方>
1:砂を固める・・・木枠に砂と水を入れて固める。これを1~6段までピラミッドのように積み上げる。一段の高さは60cm程なので、一番高いところは3m60cmにもなる。さらに土台を掘り下げているので、合計約4メートルの高さがある。水と砂を固めて三週間ほど置く。
2:砂を彫る・・・水は上から下に抜けていき、乾燥すると砂が固まる(作品を良く見ると、上の方は乾いて白っぽく、下の方は湿って茶色っぽい)。小さい頃に作った泥団子と同じで、砂は乾燥すると固くなる。木枠を外して上から、2週間ほどで一気に彫っていく。
ここがすごい② 設計図なし。頭の中の砂像を‘掘り出す’
作品に設計図はなく、イメージをもとにどんどん削り上げる。そして、一度掘り出すとやり直しは出来ない。また、上部から枠を外していくため、下部を見ることが出来ない段階で作業を進めなくてはならないのだ。全体を見ることが出来るのは、作品がほぼ完成に近づいてからだ。
だが、アーティストたちは元々砂の中に像があり、それを発掘するかのように、どんどん掘り出していくそうだ。いきなりスコップで大胆に削るので、見ている方がドキドキするほどだと言う。たぐいまれな空間認識能力とセンス、そして忍耐力が必要となる。
ここがすごい③ 近づくだけでもドキドキ!重力に逆らう砂
砂山を作ったことがある方ならお分かりかと思うが、砂というものは崩れる。それがしっかりとした塊のようになっていることも驚きだが、さらにそれが薄く削られている。場所によっては厚みが数センチ?の所も。
‘ひさし’のように空中に突き出しているところもある。これまで立ち上がる砂を見たことがあるだろうか。通常だったら崩れ落ちてしまうような、危ういバランスで成り立っている作品。大きさや繊細な表現に目が行ってしまいがちだが、これはすごい。すごいぞ・・・。この話を聞いてから、作品の横を歩くだけでやや緊張してしまった。
遠近感を演出するために柵などもない。自分が立っているところから、作品が地続きになっているのだ。いつの間にか作品の世界に入り込んでいる。上の作品ではペリー、塀、海、砂浜、富士山、空と、何層にもモチーフが重なり合い、奥行きを演出している。
ここがすごい④ 展示が終われば崩される運命。はかない芸術
これらの砂像は今回のイベントの為だけに作られた。ある目的の為に、何もないところからイメージと形を作り上げる。自由なテーマに合わせて、自由に作ることが出来ることから砂像の彫刻展が企画されたとのこと。
そして、期間が終わると砂像は壊されてしまう(やはり製作者は壊されるところを見るのは胸が痛むそうだ) 地球から生まれた水と砂だけで作られた作品は、また地球に還っていく。「砂上の楼閣」とは儚いものの例えだが、 作品が残らないひと時だけの展覧会には一瞬の美しさがある。会場内は全面写真撮影が可能となっているので、せめてカメラには砂の芸術を収めておきたい。
ここがすごい⑤ 砂に刻まれた悠久の時間
砂を触ってみるとかなり細かい。乾いて白っぽくなった砂はさらさらしているが、水を含むと茶色っぽくなり、握ると固まる。この砂は岩が砕けて出来たものだそうだ。大きな岩が砕けて石になり、さらに細かい砂になるまでには一体どれくらいの時間がかかったのだろう。
途方もなく長い時間をかけて作られた砂。それが集まって目の前の巨大な像になっていると考えると感慨深い。
会場では、実際に砂像を作るワークショップも体験出来る。そしてその横で、かなり‘本気’の作品を作っている大人を発見。
制作者はイタリア人のレオナルド・ウゴリニさん。世界各地の大会で受賞実績がある。趣向を凝らした精巧な作りは、砂で出来ていることが信じられないくらい。さらに驚くべきことは、この作品にはモデルも設計図もないこと。レオナルドさんの頭の中だけにある建物を、砂で作り上げていく。そんな様子を実際に見ることが出来る貴重な体験だ。
塔の先端部分は手に砂を握り‘きゅっ’と固めて、それをかさねるのだそうだ。そんな大雑把な作り方をしているとは思えない、繊細な表情。
先ほど説明を聞いて、こうした作品を作ることがどれだけすごいことか分かるだけに、振動を起こさないように歩き方も静かになる。かなり集中して制作されているので、シャッター音にすら気を遣う。
・・・が、カメラに気付くとにこやかに手を振ってくれた。チャオチャオ♪ なんてbello(ベッロ=男前)なんだ。
イベントが終われば崩されてしまう、ダイナミックでありながら蜃気楼のように儚い作品たち。小さい粒が集まり、結び付き合って見事な砂の芸術を作りあげていた。
大人になるとあまり触れる機会がなくなる‘砂’だが、そんな砂が作り出す魅力の世界を堪能できる。
2014.07.28 文・写真 篠崎夏美