本が飛んでいる。
浮かんでいる、いう表現の方がぴったりかもしれない。
ふわふわと、列をなして、気持ちよさそうに、
本が浮かんでいる。
良く見ると、飛んでいるのはブックカバーだ。これらのブックカバーは全て、それぞれ‘ある人の頭の中’からやってきた。作り主が思い浮かべたイメージが吹き出しのように浮かび、それがブックカバーの形になって自由に動き回っているようでもある。
パルコパート1、ロゴスギャラリー
およそ100人の人たちが『こんな本屋さんがあったらいいなぁ』と考えた「架空の本屋さんの、架空のブックカバー」を展示する展覧会イベントだ。プロからアマチュアまで、老若男女、様々な人たちが参加している。
イベントを主催するのは、kof booksellers union(コフ ブックセラーズ ユニオン) 。kofは、大阪の個性的な古本屋3店舗(駒鳥文庫 、ON THE BOOKS、FOLK old book store)の店主達による古本ユニット。古本屋の良さや伝統を守りつつ、もっと自由に過激に、古本で世界をちょっとおもしろくすることを目指している。
kofのメンバーである駒鳥文庫・村上さん、ON THE BOOKS・米田さん、FOLK old book storeの吉村さんにお話を伺った。元々は本棚をテーマとしたイベント(約50人の本棚、約100人の本棚)で、様々な人の本棚をリンゴ箱を使って再現していた。しかし、本は重くてかさばるということもあり、ブックカバーのイベントを始めたとのこと。
ちなみに‘約50人’というイベントタイトルの時から、100人以上の参加者があったそう。今回の応募数は約350件。その中から選ばれた117点と、昨年大阪で開催された「約100人のブックカバー展」の中から人気があった20点、合計137点を展示している。よって、正確には『137人のブックカバー展』である。しかし、あえて『約100人』としているところが想像力と広がりが感じられて素敵だと思った。
印刷では‘良くない’とされることを活かす
今回のイベントでは、レトロ印刷JAMさん協力のもと、孔版印刷という方法を使ってブックカバーが印刷されている。この印刷は、自動孔版印刷機(リソグラフ)を使用したもの。JAMの小林さんにお話を伺ったところ、「プリントゴッコ」のような機械で、穴からインクが出て、紙に定着することで印刷が出来るのだという。インクが手に付いたり、顔料が残ってしまったりもするが、そこが面白いと語ってくれた。
ズレ、色落ち、混色、ムラなど、本来印刷では良くないとされていることを、あえて活かした、味わいある印刷方法で、より魅力的なブックカバーが作られる。
会場では「色移りに注意」の張り紙も見られた。時間の経過、保存の状態によっても変化する紙は、それぞれ個性があって、持ち主と一緒に時を過ごしているように感じられるかもしれない。
良く見ると、ややインクがかすれている。
レトロ印刷の紙を使った缶バッヂ作り、シルクスクリーン技術を使ったしおり作りのワークショップも体験できる。
様々なグッズも販売されている。
紙へのこだわり
印刷技術だけでなく、紙も作り手の世界観が表現できるよう工夫されている。今回は5種類の紙を用意して、デザインの出展者に最も自分の作品に合うものを選んでもらったという。
ブックカバーは直接手に持って使うものだ。それだけに素材となる紙は、 色、光沢、手触りなど、本の印象まで大きく左右する。また、紙はインクを吸い過ぎてもにじんでしまうし、吸わなくても印刷がかすれてしまう。ブックカバー作りの上でも、紙選びは重要な要素になっている。
同じ色でも濃淡が違ったり、手触りが違ったりする。
本を選ぶように、ブックカバーを選ぶ。
本にはたくさんの選択肢があるけれど、ブックカバーはそれに比べて選択肢が少ない。だが、ここでは137ものブックカバーから、自分の好きなものを選ぶことが出来る。5種類1セットが525円(税込)で購入可能だが、会場ではあちこちから「選べない!」、「どれにしようか迷う」という声も聞こえてきた。
このカバーにどんな本を合わせようか?どんな場所でこの本を読もうか?イメージは広がる。ブックカバーから本を決めるというのは面白いし、とても贅沢なことだと思う。
日本独特の文化とも言われるブックカバー。なんとなく本のタイトルを見られるのが恥ずかしいから、本に傷がつくのが嫌だから、色々な理由があると思うが、ここにあるブックカバーは、何となく人に見せたくなる。堂々とカバンから取り出して、ちょっと自慢げに広げたくなるものばかりだ。
どんな書店で、どんな本を扱っているかという説明もある。それぞれの世界観があって興味深い。
‘約100人’分の想い
全てのアート作品に言えることだが、ここにあるのは全て誰かの頭の中にあったものだ。それがブックカバーという具体的なモノになって、他の人がそれを見たり、触ったりできる。
約100人分の想いが形になって、ここに集まり、さらに色々な人の手元に渡る。そのブックカバーは、満員電車の中で遠慮がちに開かれるかもしれない、どこかのビーチのパラソルの下で広げられるかもしれない、夜寝る前にベッドの中で手に取られるかもしれない。
天井から下げられたブックカバーたちは、作り手のイメージから抜け出して、新しい持ち主のところへ旅をしている途中にも見えてくる。
2014.03.13 文・写真 篠崎夏美