美しい女性をモチーフにした「美人画」。古くから親しまれているカテゴリーだが、「美男画」があってもいいのではないか。そんな発想から現代美男子(俗称イケメン)を、伝統的な描く木村了子さんの個展がアートコンプレックスセンターで開催されている。
◆清須城・柴田勝家の襖絵も! 映画に提供した作品
会場入り口には、木村さんが描いた襖絵などが展示されている。これらは全て映画作品に提供したものだ。日本画を描くきっかけにもなった『およう(関本郁夫監督:2002年)』の「およう 縛り四連襖絵」。責め絵師・伊藤晴雨の縛りポーズを参考に、モデルを使って改めて絵を起こしている。
巨大な龍が睨み付ける障壁画は『龍三親分と七人の仲間たち(北野武監督:2015年)』で使われたもの。親分の部屋にふさわしい迫力ある作品だ。
実は雄の虎は勝家を、その視線の先にいる小虎を遊ばせる母虎は、お市の方をイメージしているそうだ。勝家虎の横には小さなハートが……。映画を見ただけではなかなか気づけない、遊び心も隠されている。
さらに映画『TOO YOUNG TO DIE! 若くして死ぬ(宮藤官九郎監督:2016年)』に提供された“地獄絵”も。主人公は制服を着ているが、この後変更があり、映画本編では裸になっているという。ここでしか見られない貴重な制服バージョンだ。
通常、映画のセットなどは撮影が終われば取り壊されるか、倉庫にしまわれ、我々の目に触れる機会はほぼない。そうした作品を間近で眺めることができるのは、とても貴重なことなのだ。
◆すごろく、九谷焼、小惑星探査機・はやぶさまでイケメンに!
「婚活★DATE 双六」に使われた作品。透明アクリル板と和紙、リトグラフを重ねている。2層仕立てになっているので、見る角度によって陰影が変わる。
赤、黒、白が雅な「京都deデイト 縁結び双六」。神主男子、『一回休み』=『ご休憩』の発想がユニークな肉食系男子や、子持ちシングルファザー男子など、さまざまなイケメンたちが登場。『ご成婚』がゴールだが、あがるのはなかなか難しいそうだ。
平面作品だけでなく、立体作品もある。なんと王子様が描かれた九谷焼まで。金沢で個展をした記念に制作したそうだが、釉薬を載せるのが大変だったとのこと。木村さんはいつか料理を載せてみたいそうだ。どんな料理がよいか尋ねたところ「お刺身、フグの薄造りとかいいんじゃないでしょうか?」とのこと。
「小惑星探査機 はやぶさ」を擬人化した作品は、背景の宇宙に錫(すず)箔の砂子がまかれ、星の瞬きを再現している。はやぶさの映画に感動し、号泣してしまい描くことを決意したそう。幾多の困難を乗り越え、傷だらけになって地球への帰還を目指す姿に心を打たれる。
野生のヒーロー・ターザンをモチーフに、五行思想と神獣をテーマにした、ワイルドでセクシーな男性たち。アルビノのニシキヘビとガラパゴスゾウガメで玄武、ワニは龍を表している。
鰐虎図屏風 右隻「鰐乗って行こう!」は、狩野永徳の「唐獅子図屏風」と同じ大きさ。竜虎図として対になる「アジアの白い虎」があったが、そちらは婿に行った(売れた)そう。
ベニコンゴウインコの朱雀とターザンが描かれた大凧。会場の天井に設置され、まるで上空からイケメンが降ってくるよう。
◆まさにイケメンパラダイス! イケメンアーティストと恋に落ちる「乙女ゲーム」も
「男子楽園図屏風 East & West」 は二枚の屏風を繋げた大きな作品。中心の木を挟んで二つの世界が広がる。
左隻「EAST」には農耕男子、いわゆる草食男子。畑を耕したり、野菜を収穫したり、自給自足の生活を送っている。『大きなかぶ』や『おむすびころりん』を連想させるモチーフもある。
右隻「WEST」には、イケイケな文字通りの肉食男子。カウボーイたちによる西部劇のような世界だ。
彼らの世界に女性はおらず、ホモソーシャル的な社会を築いている。木村さんは“腐女子”ではないものの「「好きな男子が、部活や男友達とワイワイやってるのを、憧れの目でずっと見ていたような感じ」を表現しているそう。その気持ち、すごく分かる……。
黄金町バザール2014で発表された「BE MY MODEL -Artists in Residence with Love-」も当所。絵画と物語(ゲームブック)による、アナログ・恋愛シュミレーションゲーム(乙女ゲーム)。 恋のお相手は、油画、日本画、彫刻、写真、4人のイケメンアーティスト。
「アーティストとモデルの恋はあるのだろうか?」という発想から生まれた作品。実在の男性アーティストがモデルになっており、胸キュンなセリフの中には、インタビュー時の発言からピックアップされたものも!
「君の美しさ、体温(ぬくもり)まで… 絵画美として昇華させたい」
「彫ってる間中、君のことしか考えない」
じっと見つめられてこんなセリフを言われたら、思わず吹き出すか、惚れてしまうか、その両方か。ハッピーエンド、ノーマルエンド、バッドエンド、アブノーマルエンドまで、ストーリーと分岐を考えるのが大変だったそう。
こちらを見据えるイケメンたちの前に立てば、モデル気分が味わえる。唯一、カメラマンは作品が鏡のようになっており、そこに映る自分の姿を作品としてとらえられるという仕組み。
キャラクターの設定画もあり、妄想がふくらむ。イケメンアーティストとの恋愛を疑似体験してみたいので、ぜひともアプリなどで復活してほしい。
新作の「龍宮楽園」は、古くからある日本の伝統的な構図で、海底の楽園を描いている。一見、古文や日本史の教科書で見たような構図だが、そこに描かれているのは半裸の美しき人魚(マーマン)たち。
作品の両側の壁には、『人魚姫』ならぬ『人魚王子』の物語が。オリジナル絵物語「魔都の海」は、アンデルセンの「人魚姫」に着想を得た官能的な物語。海の世界で暮らしていた少年人魚が、人間の女性に恋をする。
16もの場面からなり、その一つ一つが小さいながらも、美しく、悲しく、そしてエロティック。木村さん自身も迷いに迷い、一度は2つの展開を考えたというラストにも注目。春画を思わせる大胆な場面も……。大人のための壮大な絵巻だ。
◆ 『美男(イケメン)画』はどのように生まれたか?
作者の木村了子さんに、制作の経緯や「イケメン」についてお話を聞いてみた。
―― 男性をモチーフに描き出したのはなぜでしょうか?
同じ性別である女性を描くと、どうしても自己投影の要素が入り込みます。それも良いのですが、自分の恋愛対象である男性を描いたほうがより人物を色っぽく描けるのではないか、と思ったことがひとつのきっかけですね。
それから、単純に男性を描いた作品が少なくて、なぜ人物画と言えばほぼ女性像なのか? それに疑問を持たないのか? と感じたことも理由です。
――最初に描いた作品はどんなものだったのですか?
モデルを探すことから始めました。ヌードを描くつもりはなかったのですが、モデルさんが「何でもやります!」と言ってくれて。以前女体盛りを描いたものの、失敗してしまったことがあって、そこで男性盛りはどうだろう? と思いつきました。それで「私のお皿になって!」と(笑)。実際にいろいろな料理を作って、載せて、描いて……。
もう10年くらい前ですが、いまだに象徴的な作品として話題にしていただきますが、その時は『イケメン』を描くことは意識していなかったですね。
―― 木村さんが考えるイケメンとは?
概念ですね。カワイイと同じようなものですが、さらに広義に使えます。全体としてアジアンビューティーを意識しています。西洋は男性ヌードが多いので自然と目にするのは西洋人のヌードが多くなりますが、アジアの男もかっこいいじゃないですか。
あとは髪型も大きいと思います。イケメン然とした髪型があるんですよ。男性のヘアスタイルって実は以外に作り込まれていて、結構そこで左右されると思います。ヘアカタログや周りの男性を参考にしています。
個人的におしりも好きですね。女性のおしりとはまた違う魅力があります。「男子楽園図屏風 East & West」では、女性だと身体を美しく見せる『女豹のポーズ』があるじゃないですか。あれをどうやったら自然に再現できるかと考えて、田植えだ! と思いつきました。
―― 描かれる男性は「理想のタイプ」なのでしょうか?
いろんなタイプのイケメンを描いていますから、自分の好みのタイプもいます。展示されている作品の中で強いてあげるなら玄武(目覚めろ、野生! 玄武「ガラパゴスの夢」)の子かな。思い入れのあるイケメンのほうが、評判になることが多いですね。
―― 描くときに気をつけていることは何ですか?
筋肉は男性らしさの象徴なので意識しています。描き始めた当初は比較的細身の男性が多かったのですが、どんどんマッチョになってきました(笑)。個人的にも前よりマッチョが好きになってきましたね。
―― 海外でも作品を展示されていますが、日本と比べて反応や好みの違いはありますか?
今はそうでもないけど、直接的な表現のものは日本ではドン引きされることもあったのですが、海外では比較的オープンに受け入れられました。春画も日本よりアートとして認められているので、おばちゃんたちもガン見してました(笑)
男性らしくガッチリめの体格を描いているつもりでも、西洋の方々から見ると女性的に見えるみたいです。ムキムキに描いたつもりでも「細くて中性的ね」 と言われることも……。
――今回の「おとぎ話」というテーマをメインに選んだ理由は?
作品を作る際は、コンセプトやストーリーを固めてから描き始めます。そのストーリー、つまり物語。そしてイケメンという、ある種のファンタジーから来ています。
私たちは童話や、それを基にしたディズニー作品など、いろいろなおとぎ話に強く影響を受けています。きれいで素敵な物語の裏には、残酷な描写もあれば、「いつか王子様がきてくれる」、「女性は女性らしく」などの戒めや教訓があったりもします。でも、男性らしく、女性らしく、ということが崩れている現在で、主人公の女性たちを男性に置き換えてみると、また違う見方ができるかと思いました。
―― 「おとぎ話」という言葉から、どんなものを想像しますか?
お伽噺の語源である『伽』には、人をなぐさめるという意味があります。『夜伽』だとエロティックなイメージになりますよね。昔から人から人へ口伝されてきた物語、長い夜に絵本を読み聞かせるような、夜の共としてなぐさめになるようなイメージが、今回の展示にぴったりかなと。
―― 来場する方へのメッセージをお願いいたします。
本来、美しいものに性差は関係ないと思いますので、深く考えず女性にも男性にも楽しんでほしいですね。また、和と洋の伝統的な様式にのっとりつつ、現代のイケメンを描くという自分なりの和洋折衷感も楽しんでいただきたいです。
BL文化の隆盛などもあり、女性も男性を描くことが増えてきました。いまだに女性のヌードのほうがきれい、という人もいますが私から言わせると「ありえない!」ですよ。
この機会にもっと多くの人が男性を描いて、その作品を多くの人が楽しめるようになるといいですね。いろいろな人が描けば、比べることもできますし、より幅広い視点で作品を見ることができるはずです。
お伽話にでてきそうな王子様や、擬人化されたイケメンたち。過去の作品から新作まで、さまざまなイケメンが取り揃えられた今回の個展。
「こんな男、現実にはいないよ!」と言う人もいるかもしれないが、それでいいのだ。そもそもイケメンは概念であり、ファンタジー。木村さんが作り出したお伽話の世界で、色気たっぷりなイケメンたちに心奪われ、ひとときの癒しを味わおう。
篠崎夏美