02.07[土]~02.08[日] / 東京都 / 増上寺
人が持つ10悪のうち、自分に当てはまる悪に○をつける。
地獄の沙汰も縁次第 |
「これより、閻魔女王様のもとへお導きいたします……」
獄卒が冥界の入口に辿り着いた我々にそう告げる。頼りになるのはわずか1本の白いひも。左手にしっかと握りしめ、開け放たれたふすまの間から地獄の入り口である大広間へ通された我々が目にしたのは、メラメラ燃え上がる地獄の業火だった……。
私は地獄を知りません。
“地獄のような思い”なら数度、経験がありますが、それすら本当の地獄には及びもつかないものでしょう。ならば、実際に経験してみるよりほかありません。
徳川幕府歴代将軍の墓所としても名高い芝・増上寺にて『地獄茶会』が開催されました。地獄の炎に包まれた中での茶会……? いったいどんな世界が私を待ち構えているのでしょうか。いくばくかの好奇心と恐怖におびえつつ、実際に脚を運んでみました。
会場の増上寺光摂殿 地獄への道しるべ? 「すべてはこころが生み出すものなのです」 増上寺の僧侶の方が、自分たちの犯した罪の深さを知り、閻魔女王の裁きを受け“地獄”から戻った私たちにそのように語ってくださいました。恐ろしい地獄から現世に戻ってきた状態で「全ては心が生み出したもの」というお説法はズシリと響くものがありました。これからは慎み深く謙虚に生きようと心底、反省させられたのです。 |
地獄というものが死後に赴くところか、心の中のものか、生きている世界そのものか。それは人により思うところが異なるでしょう。それでも“一切唯心造(いっさいゆいしんぞう)=すべてはこころが生み出すもの”とすれば、日頃の「迷い」や「憂い」は幻のようなものかもしれない、という内容でした。
左)僧侶の方のお話を聞く 右)美麗な大広間の天井図
声一つ挙げることの出来ない“地獄”から戻った“元亡者”の我々は、今回の茶会のため特別に用意された雲をモチーフとした主菓子(おもがし)と、亭主たちによってふるまわれたまろやかな苦みのある抹茶をいただきました。
特に作法を強制されることもなく、脚をくずしても一向構わないという姿勢で楽しむお茶。そこは、いわゆる茶道の常識にとらわれない、非常にユニーク(独特)な空間でした。
アートやパフォーマンスではない、“劇場茶会”である!
「お茶の文化にはこの国の歴史が全部詰まっているんです」
そう語るのは、今回の地獄茶会・亭主である藤本ゆかりさん。衣装デザイナーとして海外でも活躍されています。
もともとお茶を通して“おもてなし”について考え発信するグループ『へそ茶』のメンバーとして活動しており、そこからさらに発展し『劇場茶会』を開催するようになりました。もともとグループ自体がお茶をテーマに様々な活動を行うプラットフォームであるため、会のメンバーから様々な応援を受けているそうです。
亭主・藤本ゆかりさん
知人から増上寺さんを紹介され、お話をしたのが昨年の11月。その時点ですでに今回の日程しか空きがなく、ほぼ決め打ちでのスタートだったそうです。
茶会を告知するWebサイトでも紹介されている、一休和尚の逸話(ご用心ご用心 正月は冥途の旅の一里塚 めでたくもありめでたくもなし……)がお正月にまつわるものであるため、正月あるいは旧正月までの開催が条件の企画であるとのこと。
「大広間の広さ(108畳)、天井の高さは素晴らしくポテンシャルが高かったです。その分、それに寄りかかっただけの“しょうもないもの”にならない仕掛けを考えました」
建築家としてGENETOに所属している山中悠嗣 さんの言葉です。藤本さんとは、2013年に京都で開催された日仏現代アートに親しめるイベント『NUIT BRANCHE (ニュイ・ブランシェ)』でもコラボされたとのこと。アートモビールという移動ギャラリーを用い、“地獄”の演出に力を振るわれました。
空間プロデュース・山中悠嗣さん
「日程が既にあり、そこからプロジェクションを担当いただく方には昨年末、会場に灯すキャンドルの担当者には2週間前など、ギリギリのスケジュールで加わってもらい、本業のかたわらほとんど寝てない状況で作業を進めました」とのことでしたが、その苦労の甲斐があって、会場には非常に印象的な“地獄模様”が再現されました。
山中さん「前回の地獄茶会は4部屋で異なるテーマを設定したもの。今回は108畳の大広間というある意味大きなワンルームの空間。どのような方法があり得るか頭を悩ませましたが、アートモビールを茶室に見立てたり、パーテーション的に用いたりすることで、うまく場面転換を設定出来たと思います」
左)“地獄茶会”特製のお茶菓子が供される 右)お皿は鏡を使用
「社会は“大人のごっこ遊び”かもしれない」
「ある時期から、社会が“大人のごっこ遊び”にしか見えなくなったんです」と話すのは、地獄茶会の鍵になる、重要な役回りを演じられたAyAkoさん。亭主の藤本さんとは姉妹であり、海外のビエンナーレなどにも出演しながら表現者として活動されています。
「みんな“サラリーマンごっこ”とか、“銀行員ごっこ”を【社会という大きな遊園地】で勤しんでいるだけ、というような……。そんな風に、自分には見えるようになりました。それなら真剣に“遊び”を突き詰めようじゃないか、と思ったんです。茶席の途中、参加者から『大人が本気で、遊んでる感じがします』という感想が聞こえて『やった!』と、とても嬉しくなりました」と、『地獄茶会』そして『劇場茶会』への想いを語ってくださいました。左)手際よい藤本さんのお点前 右)供されるのを待つお茶
お茶がふるまわれる
藤本さんからは以下のようなお話もありました。
「“地獄草紙”という作品が地獄に親しむようになったきっかけです。人間の姿は貧弱に描かれているのに、鬼などのあちらの世界の方々はとてもイキイキと描かれていて面白かったですね。
それから地獄というものを考えるようになり、衣装作品として地獄草紙をモチーフにしたものも作成しました(※藤本さんのWebサイトでご覧いただけます)。
人の思う“地獄のかたち”はいろいろと思いますが、そこには私たち日本人が共通して持っているものがある気がします。西洋のものとはまた違う、そのようなものや毎日の生活に思いを巡らせつつ、みんなで楽しもう! というのが『地獄茶会』であり、『劇場茶会』なんです」
一言一言確かめるように、それでいてはっきりとした話しぶりがとても印象的でした。
地獄の雰囲気を醸し出すキャンドル
『地獄茶会』を通じて知りえた方々
“閻魔女王様”に罪を裁かれ、地獄の亡者となった私ですが、無事に現世へ戻って参りました。本来、地獄とは死後に赴く場所であり、決して戻ってくることはありません。こうしていま、文章を書いていられる私は、きっととても幸運なのだろうと思います(笑)
お話を伺った3名の中心メンバーの皆さんは、それぞれ別に本業を持ち、厳しいスケジュール状況にも関わらず、非常に興味深いイベントを開催されました。また伺ったお話には、各々強い想いが感じられ、単なる興味本位のイベント開催でないことが伝わってきました。
スケジュールだけが決定しており、そこに向かってありとあらゆる手配や調整をこなしイベント開催までこぎつけるのは、並々ならぬご苦労があったと思われます。それでも『地獄茶会』について語る皆さんは、とても輝いているように感じられました。
それがAyAkoさんの語られた「大人が本気で遊ぶことが、必ずいい影響をもたらせると思う」ということなのでしょう。今後は海外での開催や、2020年の東京オリンピックを視野に入れた活動をされたいとのことでした。
初めは「地獄のティーパーティってなんだろう?」という、ずいぶんおっちょこちょいな理由から取材に伺いましたが、情熱あふれる皆さんとお会いし、あらためていま“一期一会”という言葉の意味を噛みしめています。
2015.02.08 文・写真 川方賢史