裏方がハレの舞台へ! 普段オモテには出てこない、音響スタッフやPAエンジニアさんたち。そんな“裏方”がケーブル巻きの速さ、美しさを競う大会、それが「マイクケーブル8の字巻グランプリ」です。
会場は幕張メッセで開催された「第4回ライブ・エンターテイメントEXPO」の一角。映像機器、LED照明など派手な演出ブースがひしめく中、薄暗い会場で地味ながらもアツイ競技が繰り広げられました。優勝者には賞金10万円が贈呈されます。
競技内容はいたってシンプルで、20mのマイクケーブルをひたすら巻くだけ。採点は「速さ・確実さ・美しさ・作業姿」を対象とします。審査員は大会主催者である「一般社団法人 日本音響家協会」の3名。音響のプロが厳しく審査します。
■なぜ「8の字巻」にする必要があるのか?
そもそも、「8の字巻」とはどういうものなのでしょうか?
通常、巻いた状態で販売されているケーブルは同じ方向に巻き続ける方法で、いわば「順巻き」です。ただこの巻き方だと、ほどいた時によじれたり絡まったりしてしまいます。
それを解消するための技が8の字巻。「順→逆→順→逆」のように、順巻きと逆巻きを交互に繰り返していきます。順巻きと逆巻きが反対方向のねじれを持つため、伸ばしたときにも互いに打ち消しあってまっすぐにほどけます。
慣れるまで少し時間がかかりますが、ほどいた時にケーブルがよじれたり絡まったりしないため、音響スタッフにとっては必須の技なのです。
司会進行はホリプロコム所属のピン芸人・メロディーきみえさんと、日本音響家協会の奥山さん。この日はもちろんワイヤレスではなく、ケーブル付きのマイクを使用していました。
奥山さん「ふだん音響スタッフは見えないところで頑張っていますからね。たまには表に出てこないと」
メロディーきみえさん「こんな大勢の観客に見られながらケーブルを巻くって、なかなか無いですよね」
■巻く姿勢も審査の対象?
午前の予選会は、当日の飛び入り参加含め24名で争われました。予選は20mのケーブルを2本巻き、上位3名が午後の決勝に進むことができます。
奥山さん「例年、お客さんにお尻を向けて巻く人が多いのですが、それもマイナスポイントです。巻き終わったあとも“バーン”と投げるのではなく、丁寧に置くように」と細かい指示が。
歩きながら巻く人や、その場で立ち止まったまま巻く人など、意外とスタイルの違いが見えました。だいたい2本で1分15秒~30秒くらいが多いようです。中には1分を切るタイムを出す人も。
メロディーきみえさん「輪っかの大きさも審査対象ですか?」
奥山さん「厳密な決まりはありませんが、小さすぎず大きすぎず、ある程度扱いやすいサイズにしてください。同じ大きさの円に揃っていると綺麗です」
巻き終わったケーブルを比べて見ると、円の大きさや揃い具合など、確かに違いが分かりますね。
予選出場者は、スタジオ音響、舞台音響、大学の放送部、照明さん、専門学校生、イベントの進行係などなど。富山や大阪から来た参加者もいました。
中にはスーツ姿の男性も。お仕事はホテルの管理業務だそうです。本番では上着を脱いでチャレンジしていました。
■紅一点、飛び入り参加の女性が決勝へ
予選会に出場した24人の中から、上位3名が決勝に進出。唯一残った女性・大隅さんは日本工学院専門学校の教員アシスタントで、2年前にもこの大会に出場した経験があるとのこと。
「せっかくだし、出たらどう? と言われて飛び入り参加しました。まさか決勝に行けるとは思わなかったですね。生徒といっしょに練習したかいがありました」
残念ながら決勝に進めなかった方には、参加賞として静岡銘菓「8の字」が配られました。静岡では世代を超えて愛されている焼き菓子。この大会にピッタリの商品ですね。
決勝までの休憩時間に、引率で来ていた日本工学院専門学校の教員の方にお話を聞いてみました。
「学校の中でもこの大会が浸透しつつあります。8の字巻は基本の技なんですが、ただ練習するより何か目標があったほうがモチベーションにつながりますからね」と、本大会の意義を強調していました。
また残念ながら予選落ちしてしまった生徒さんは、「かなり練習したんですけど、本番は緊張しました。でも楽しかったです」 なんとも初々しい!
■3本を1分で巻く人も! はたして優勝者は?
午後はいよいよ決勝戦。予選会を勝ち抜いた3名と、昨年の上位入賞者3名、計6名で争われました。決勝は20mのケーブルを3本巻きます。
さすが決勝、みなさん速い! 3本を1分ちょっとで巻く人も。もちろん速さだけではなく、美しさも重要なポイント。見事な手さばきでケーブルを巻いていきます。
6名から上位2名が最終決戦へ。残ったのは神尾さんと村上さん。採点は3名の審査点数の合計から、かかった秒数を引いた数が得点となります。
そして優勝者は、ベテランの神尾将也さんに決定! 笑顔で握手を交わす2人。準優勝の村上さんには、副賞としてBoseのBluetoothイヤホンが贈られました。
決勝で惜しくも敗れた4名にも、日本音響家協会監修「プロ音響データブック」(リットーミュージック社)がプレゼントされました。
優勝者の神尾さんにお話を聞きました。なんと、この道28年のベテラン。
「ここ4~5年は現場じゃないのでほとんど巻いていないんですが、昔のクセというか感覚でやりました。賞金の10万円は……うちの部署のメンバーで飲みにでも行きましょうか」
普段は劇場やホールの舞台設備、照明、音響などを扱う「株式会社パシフィックアートセンター」にお勤めされているとのこと。舞台技術の業界では有名な会社です。
昨年も準優勝だった村上さんは、楽器の卸問屋で有名な「神田商会」にお勤めの方。
「最終決戦はちょっと丁寧に巻き過ぎたかな。かといってスピードあげると汚くなっちゃうので、バランスが難しいですね」とおっしゃっていました。
最後に、主催者の日本音響家協会会長・八板賢二郎さんに感想をお伺いしました。
「出演する俳優やアーティストをより良く見せるのが音響の仕事。私たちは目立っちゃいけないんです。でも今日はその逆で、オモテに出ようと。まあ遊びというか、お祭りも必要ですからね。まだ正式決定ではありませんが、来年は2月に開催する予定です」
地味ながらも毎年じわじわと広がりつつある「マイクケーブル8の字巻グランプリ」。プロの音響技術者だけでなく誰でも参加できるので、興味がある方はぜひ来年の大会にチャレンジしてみてください。
取材協力:一般社団法人 日本音響家協会
取材:村中貴士/ イベニア